
第1話 逃亡
夏の平安京に今年初めての嵐がやってきていた。
「姫様~‼️どちらにおられるのですか、姫様~‼️」
雨風の絶えぬ中、外では侍従らが、屋敷内では女房らが、1人の姫君を必死になって探しているのだった。
その頃、当の姫君はといえば、屋敷の高い屋根の上で濡れ鼠になっていた。屋敷の人間に見つかる訳にはいかなかった。もし見つかったら、明日にでも、自分は、40歳の相手に嫁がなくてはならなくなる。翡翠15歳、人生で初めての反抗であった。物心ついた時から、翡翠は大人しく従順な姫であった。父の大臣は翡翠を大層可愛がり、時の権力者のもとへ嫁にやる腹づもりでいた。蝶よ花よと育ててきた娘がまさか、この期に及んで反旗を翻すなど、思いもよらなかった。
空はまるで、龍が暴れているかのような雷鳴が轟いている。そんな危険な夜に、まさかあの気弱な娘が外に逃げる筈があろうか。
「探せ❗なんとしても、娘を探し出すのじゃ❗」
地上の人々の喧騒をききながら、翡翠は凍えそうな体を奮い立たせた。と、その時だった。屋根の近くにある大木を落雷が襲った。その衝撃により、翡翠の身体は屋根から滑り落ちた。
(だめだ、死ぬ)
一方、時は令和。京都御所の付近にある資料館の入り口で、藤村道隆は、雨を凌いで佇んでいた。姉の雅の車がもうすぐ迎えに来る筈だった。にわか雨のレベルではない。この雨風の強さはむしろ台風に近い。スマホを開けば、浸水しかねないので、仕方なく道隆は棒立ちになり壁に持たれた。すると、近くでピカッと強烈な稲妻が走り、目の前の大木に雷が落ちた。
「うわあっ」
人がその木の下にいたら間違いなく感電死していただろう、と思った矢先だった。
木の下に、紅色の着物らしきものがずぶ濡れになって落ちているのが見えた。いや、着物だけじゃない、よく見たら、長い髪の女性が着物姿で横たわっている。
道隆は恐る恐る近づいた。
(この着物、色違いが何枚も)
見覚えのある着方である。
(これ、十二単じゃないか?)
かねてより平安文学にのめり込んでいる歴男、道隆は、すぐにピンときた。
(観光客相手のコスプレ売り子かな)
今落ちた雷にやられたのだろう。鼻に顔を近づけ生存を確認する。
(良かった、息はある)
どうやら気絶しているだけのようだ。だが、一刻も早く病院へ連れていかなければ。
これが、道隆と翡翠の、時を越えた運命の出会いの幕開けである。
平安文学、源氏物語を通じて、深まる二人の絆の物語。
(つづく)
